仕事と心のDiary

夜になったら色んなものを脱ぎ捨てよう。

今日は駄目な日

不眠症になり、2時ぐらいまで眠れない日があれば、夜中3時頃に目が覚めてずっと眠れない日があったりする。翌日の出勤が辛い。

 

今日も、この時間まで眠れない。

 

恋愛も仕事も、伝えなければ離れていくわ、伝えたら伝えたでその後の罪悪感(=こんな言い方でよかったのかな?傷つけてないかな?など)が沸き上がってくるしで、めんどー!ってなる。笑

 

辞めることが決まって、もう会社のために自分の時間を一ミリも使いたくない、とまで考えてしまうようになった。

 

辞めることで後悔しているのは、お給料のことだけ。むしろ、あそこで過ごした何年もの時間を後悔したり。何年か前に動いてしまえばよかった。

 

人間の慣れというのは怖いもので、手にしたものが多ければ多いほど、行動できなくなります。自分がいるのがどんな環境であっても、そこから出るのが怖くなる。愚痴を言いはしても、変化は選ばなくなります。

 

この、生きてるんだか死んでるんだか分からないような精神で数年を過ごしてきてしまったことへの後悔があって。

 

でも、年収を捨てたことは惜しくても、あの会社を辞めたことが惜しいわけじゃないというのは、何となく分かっています。

 

私は、会社がどうというよりも、あそこにいる自分のことが嫌いだった。

 

私、ずっとあの仕事が自分には合っていると思ってたけど、もしかしたらそうじゃなかったのかな。

 

この数年を振り返るとトイレで何度も泣いたし、考えるなといわれても流せない弱さ、そうしたものが浮かんできます。

 

やっていて良かったと思い出せるのは、転職して3年目までのこと。昔お世話になった大好きな先輩方がまだ会社にいた頃の、楽しみながら仕事ができていた頃のこと。

 

そこからはお局の冷たい言葉や態度を流せない自分の不甲斐なさとか、メンバーの良さを褒めることを全くと言っていいほどしない上司とか、社内に独身がいないのをいいことに既婚者ばかり好きになっていたこととか、先輩達が泣いてばかりいたこと、そういう辛いことを思い出す。

 

もうこれが会社員として普通なのかそうじゃないのかすら、わからない。自分の甘えなのか環境が合ってないのかすらわからない。

 

全部飲み込んでお酒で紛らわせて、自分の人生の時間がどうとかぐだぐた考えずに蓋して生きてくのが本物の大人なのかな。

 

昔のブログを読むと2017年には既にそういう感情が自分の中に大きくなっていて、どこかに脱出しなければ腐ってしまうと思うようになっていた。

 

日本の、「○歳までに何をする」という世間が過去の流れで決めたものを破るのが怖かったし、転職は新たなスタートだけど大変なもの。だから用意されたレールを中々外れられなかったし、自分に勝てなかった。

 

年齢神話を無視できる強さのない自分が嫌いで情けなくて、窮屈な日本なんて抜け出したいと本気で思っていた。だから海外に出てしまった時期もあった。

 

「アラサー」「アラフォー」と女性達(だけではないけど…)が生きづらくなるような言葉をわざわざ生み出している世間は馬鹿で、だから少子化が止まらないんでしょと思いながら、でも年相応にしなければいけないという弱さが自分にはあったし、

 

気にしなければいいだけなのに、結局「この歳でこうしてなきゃ失格」というレッテルからいつまでも逃れられない自分は失敗作だって思った。

 

なんで自分はこうなんだろう。他の人が気にもしないこと、気づいてもうまく流せるようなことを考え続けてしまう。

 

他に趣味を持つなどでも、変わるわけではなかった。むしろ、何か気がかりがあると、趣味なんて楽しむ余裕が一切持てなくなる。元々の私の性質なのだと思います。

 

恋愛とかして、20代難しく考えずに楽しんできた人もいるのに、なんか色々失敗しちゃった。

 

でももう、お局の嫌がらせ系はこの10年通して腐るほど学んだから学びは終わったし、私の人生には今後さすがに出てこないと思う。直感で。いや、これでまた今後出てきたらさすがに勘弁してよとなるかな…。

 

でも今の自分もそうだけど、自分の人生に納得せずに、他人の人生に自分を重ねてエセ満足して時間浪費することが一番不幸だってことは、ここ数年で深く学ばせてもらった。すごく大事なこと。

 

他人じゃなくて自分に向き合うタイミングが来たのかもしれない。