仕事と心のDiary

夜になったら色んなものを脱ぎ捨てよう。

コロナ禍で休業しないお店の、飴とムチの問題。

TVで、休業要請されても休業しない店が糾弾されていることなどがやっていた。自粛しない店の名をTVで公開したら、そこに皆がこぞって向かったみたい。逆に宣伝になってしまったのだという。

 

休業しても補償がないorあっても要件が厳しいのなら、営業してしまうのも無理ないんじゃないかと思いながら見ていた。そして、その店に行ってしまう人のことも、そこまで責められないんじゃないか、とも。その店で当たりを出しながら生計を立てている人も中にはいるかもしれない。

 

「自分の生きる国のことだから、自治体や政治家がいるとはいえ、有事の時は補償うんぬんの前に自ら自粛するのは当たり前では?」と考える人(おもに政治家。その他、多分高尚な精神を持つ人たち)がいれば、

 

自治体や政治家に税金の運用を実質委ねているのだから、有事の際にすべき補償を示して実行するのは当たり前だ」と考える人もいる。人間なんて実際、後者が大半だと思う。

 

そんな中で日本はやっぱり、足並みを揃えることに関しては本当に優等生だと思うのだ。だって海外のように法律で縛らなければ自粛などどこ吹く風というのとは違って、「STAY HOME」という(若干、まるで犬になったような気持ちになる)言葉を掛けられただけで、外に出ないよう自分たちを抑えることができる。

 

前田社長も言っていたけど、法の拘束力なく自粛ができるってそもそもすごいんだよきっと。

 

「自粛をもっと強く言えばいい」という声も聞くけど、語調を荒げようが店を吊し上げようがそれってもはやあまり問題ではなくて、大元は多分もうお金の問題でしかない。

 

じゃあどうするんだよってことになるけど。それでも、ムチ打たれてばかりで飴ももらえなかったら。頑張れる人はもちろんとても偉いと思う。でも、「え、飴ないの?じゃあやらねー」とか「逆にどんだけ粘ったら飴よこすかやってみよ」という人が出てくるのも、当然のような気がする。

 

ムチに関してはすでに税金を納めてきた日々があるのだ、個人も法人も。こういう時に色んな種類の飴がもらえないのなら、国にムチ打ち返してもそれを誰が責められるんだろう。

 

確かにそういう人は群れから外れているかもしれないけど、そういう人もいるのは逆に人間なのだから当たり前のような気がする。日本では少数派でも。

 

麻生何某の「(10万円支給について)そんなことまでする必要あるのかね」と首をかしげている姿を見て、こちらも90度近く首をかしげたよね。確かに一人10万円は今の日本だと将来的に負担もやばいのかもしれないけど、それでももう、今は有事でしかない。さすが「未曾有」が読めないおじいさんなだけあるよね。

 

確かに自粛はみんなで協力しないといけないんだけど、それでも良心で一人ひとりができることを頑張っていると思うし、

 

たとえ自粛を守れなくなった人達が出てきたとしても、いまの「自粛要請」という良心頼りの言葉で吊し上げて政治家が私達を叩くことはできないと思う。棚の上に乗ってますね、と思ってしまうもん。

 

もし家なき子のすずちゃんが成長して店を持ったという設定で今時期リバイバルするとしたら、「吊し上げるなら金をくれ!」って叫びながら権力と戦ってると思う。