仕事と心のDiary

夜になったら色んなものを脱ぎ捨てよう。

大事だと思っていたものを全部捨ててしまった話。

暗すぎる話でもおめでたい話でもなく、ただただ、自分は空っぽになったと思うことがある。

 

今年は全部、捨ててしまった。7年続けた仕事も、6年住んだあの大好きだったアパートも、気乗りがしない付き合いも、勉強も。可愛いけど足に合わないヒールの靴も履かなくなったし、何となくずっと使い続けていたマグカップやコートも捨て、辛い時に笑うことを止めた。

 

無理して維持するのをやめたら、まったく生産性のない自分になった。ゼロに近い状態から、誰かの目線を抜きにして自分でまた選んでいくのは結構苦しい。変わるというのは簡単じゃないんだと思った。

 

そして、今まで何の疑いもなく常識だと流していた色んなことが信じられなくなってしまった。企業が「副業禁止」などと人々を普通に縛れていたことも、週5日・1日8時間以上という勤務時間がモデルケースになっていたことも。幸せに違いないと思っていた素敵な俳優達が、この世からいなくなってしまったことも。

 

f:id:sans---souci:20201010214531j:plain

 

大事だと思っていたことが全然大事じゃなかったと、気づくことが増えた。生きることに息切れした時は、何か特別なことができなくても、とりあえず息をする。最低限のことをして、靄の中でただ存在するように時間を繋ぐ。そんな時期があってもいいんじゃないかと思う。人生は長距離走だということが見えてきた。

  

いつも不安や怖れから自分を走らせてきた。この繰り返しをもう止めたかったから、私は大事だと思ってきたものを捨てた。焦りから行動するのではなくて、「したい」と自然に思えるまで待ちたいと思う。

 

人がやっているから自分も、というのは疲れてしまった。目線が変わって、極端な話生きてさえいればいいと思うようにもなった。鎧に潰されそうならそんなもの捨てて、何もない自分に戻ればいい。元々、授かった命だ。やりたいことが見つからなくても、効率が悪くても、誰もが平等に寿命までをまっとうする。本来そういう、シンプルな話なんだと思う。

 

色んな物を手放したから、何も出来ない駄目な自分を捨てずに済んだ。自分のサイズでいい。