カレンダーを眺めていて、連休少ないなぁと感じた。いや、日本は祝日の数は世界の中では多いらしいのだけど。働いていると、夏季休暇などで取れる休みは一週間~長くて10日程度。技術が進んで人間がやることは確実に減ってきているし、企業はもう少し社員に長く休みを提供できる体制にはなっていかないものなのだろうか。雇用を減らすのではなく、機会均等のまま一人あたりの長期休暇分を増やせないものだろうか。
そんな自分の力だけではどうにもならないようなことを考えては、「もっと長く休みが取れるとしたら、何をしようかな?」と楽しくなる。
ヨーロッパの夏季休暇、特にフランスなどは人生の中で余暇をとても重視していて、バカンスとして一か月位休むのが通常運転だ。今はコロナなので自粛もあると思うが、そんな海外の人達の姿を見てきて、日本って未だにそれほどまでして働くような位置に果たしているんだろうか、と感じてしまう。確かに、誰かが休んでいる間に誰かが働いてくれるから旅行にも行けて、家にいても物が届く。そのことへの感謝を忘れたらいけない。でも、もし社会全体がそうしたバカンスの流れになっていったとしたら、それはそれで人はお金、時間、スキルなど自分が得たいメリットによってそれぞれの環境に就いていくのではないか、と想像したりもする。
以前私が働いていた会社に、「一か月ほど休ませてもらえないか」と上に相談している人がいた。それを言い出せるほど勤続年数も長い人だったのだけど、やっぱり上からはNGが出ていた。その人は精神的に疲れていたということもあったのと、もし長期で休めるのなら海外でリフレッシュしたいという希望があったようだった。
一か月も休みがあったら、それこそ社会人であっても留学のようなことも出来るし、子供がいる人ならその時にしかない思い出を作ることもできる。今までもし自分にそうしたインターバルが一か月でもあったなら、休息できる時間を求めて会社を辞めなくても済んだかもしれない。ひと月ほどかけて何か仕事以外のことを経験したいと思った時、現実として選択肢が退職しかない。だから、そんなインターバルが制度として設けられている人生がとても羨ましい。
自分が唯一インターバルを作れる転職の合間にコロナが重なったことは本当に悔しく、簡単に海外へ出られない世の中になったからこそ、いつか行けるようになった時にはどこに行きたいか考えたりもするのだった。仮に一か月も休めたとしたら、ヨーロッパ周遊がしたい。海外旅行の目的はいつも美術館巡りなので、
・スペイン(プラド美術館)
・フランス(ルーブル、オルセー、オランジュリー、他小さい所も色々)
・イタリア(ウフィッツィ)
・オーストリア(美術史美術館、セセッション、ベルヴェデーレ、レオポルト)
・ドイツ(ピナコテーク)
行ったことがある所も含めて、ゆっくり見て回れたらこれ以上の幸せはありません。特にウィーンのクリムト巡り。街中の写真を撮って歩いたり、列車の旅も好き。
一年の中間に、一か月のお休み。そこで初めて自分の疲れに気づくこともあるだろうし、その休みを使って経験したことがその後の人生を変えることもあるかもしれない。もう、そのぐらいの引き算をしてもいい地点に来ているんじゃないだろうか。