一日、一日を大切に
6月19日
会社で男性とすれ違った時、ふっと風が舞って男性から何かがひらひら落ちるのが見えた。なんだろうと見てみたら、コンビニのおにぎりをはがした時のテープの切れ端だった。まるで桜みたいに散ったおにぎりのテープに風情を感じたが、男性はそのまま足早に行ってしまった。
彼の体のどこかに隠れてくっついていたであろうこのテープは、知らない間に自分の服についてしまったごはん粒とよく似ている。意図せず、その人の可愛さや頑張っている姿が浮かび上がるのだ。
6月21日
相談して申し込み寸前までいった物件、サイト掲載から3日で埋まる。部屋をお求めの皆さん、梅雨時期だというのに行動が早すぎやしないでしょうか。駅周辺も歩いて、まだ居住中なので建物前まで見に行ったのにな。
未練もあるけど、まだこれから巡り合うべき部屋があるのだと考え直すことにした。週末を不動産屋に使うのも疲れてきてしまったので、日曜は休むことにした。
6月24日
クーラーを付けて寝ているのに、今朝は起きたら汗がなぜかびっしょりで体調が優れなかった。出社の仕事をしているが、何とか在宅に持ち込めないかと、持ち帰っていた社用PCと早朝から格闘。VPNの設定ができれば在宅が出来るのに、エラーが出てストップしてしまったので結局出社することにした。
早く諦めればいいのに、家にいたすぎてうだうだ粘っていたため、時間はぎりぎりどころか、間に合うのはほぼ不可能レベル。全速力で自転車を漕いで駅の階段を一気に駆け上ったら、自分史上最大に息苦しくなり、眼前に白い星が散った。過呼吸の予感。必死に息をしながらやっとの思いでホームに着いたら、結局電車が遅れていた。脂汗の嵐。脳内にSansanの松重部長(早く言ってよぉ)登場。
電車で携帯を覗くと、青白い自分の顔が映る。目の前に立っているアジア系のエキゾチックな女性が灼けた肌に真っ赤な口紅を付けていて、こんな悲惨なコントラストあるかい、と落ち込んだ。オフィスに着いた時にはすでに、持ってきていたペットボトルは空になっていた。
でもなぜか、「今日は私は駄目だ」と諦めた瞬間から、心の隅の方に固まっていた少しの力が溶けてきたというか湧いてきて、おまけに忙しかったので目の前のことを夢中でこなしていたら、夕方には意外と元気になっていた。朝には嘔吐寸前だった自分が、何事も無かったかのようにお客さんに愛想を振りまいているのが白々しかったけど、でも意外と他の人もこんな風に生きてたりしないのかなと想像したりした。
眠れない理由があったりして体調が優れない時も、とりあえず目の前のことを夢中でやってみるのは有効。
6月26日
朝起きたら両手の薬指だけが腫れていて、うまく握れない。これはまさかリウマチというのではないか? こんな風に、昨日とはまったく違う今日が突然訪れることあるのだと思い知らされた。健康を失った経験があっても、いつしかそんなことは忘れてしまう。それでまたこんな朝を迎えて、身体は大切にしなくては、今日一日を大切に生きなくてはと思い直す。人は忘れることで生きていけるというのは間違いないが、忘れすぎるのもいかがなものか。
それでも変わらずに仕事をしたが、私は大量の件数をスピード重視で片付けるという機械的な作業が本当に向いていない人間だということを実感した一日だった。特に人とのやり取りにおいて、機械的に素早く対応するということができない。
でも私、機械じゃないし、人間だし、そんなのこの人生ではできなくていいやと思い直す。ある面では使えなくても、ある面では意外とさまになるとか誰にでもある話。
前に似合っていた洋服や化粧が似合わなくなったら、それに代わる似合うものが必ず出てくる。健康を失えば、そこに学びが必ずある。できないこと、失うものがあれば、できることも得るものも必ずある。いつもそれを見つけられるわけじゃないけど、自分が探さなかったら誰が与えてくれるのって思うから探し続けるのみ。
ただ寂しかっただけ
5月8日
お昼に会社の近くでガレットを食べた。頑張った日、疲れた時にだけ行くことにしているお店。
最近は、家にいるよりも仕事をしていた方が良いと思ってしまう。お昼は気分転換できるし、やることがある方が余計なことを考えないというのが理由。
余計なことというのは、不安や恐れ、罪悪感、羞恥心など。こんな感情に向き合うぐらいなら、周りの人のために何が出来るかを考える方がよほど建設的。
ここ数週間の私のテーマは、執着。心が苦しい時、その原因の大半はおそらく執着だと思う。風の強い日に物干し竿に絡まりつくストッキングや、雑に片付けたドライヤーのコードみたいにうだうだして、人に不快感を与えるもの。自分のことがいつまでも許せない。
しかし開き直るわけじゃないけど、執着を拭い去るというのは、死ぬまで人間が闘い続ける課題の一つじゃないだろうか。執着を捨てるためにある人はミニマリストになり、ある人は僧侶になり、ある人はスピリチュアルに傾倒する。
割と断捨離できるようになってきたと思っていても、油断するとゾンビになりそう。そんな暇があったら健康目指そうということで、ジムに通うことにした。以前から会社帰りや休日に通いたいと考えていて、4月にキャンペーンをやっている所があったから。
ゴールデンウィーク中にウェアも揃えた。スパッツを買い、スニーカーを新調。今日も少しランニングをして気持ちが良かった。会社帰りの時間帯に運動している人、思ったより多い。ランニングマシンが20時頃から満席状態。
運動に興味がなかった頃から不思議だったのは、なぜ運動する人は皆「スパッツ」を履いているのかということだった。たとえば、少しダボッとした薄いシャラシャラしたようなパンツだといけないのか。スウェットじゃ駄目なのか? しかしスパッツには理由があり、速乾性はもちろん、筋肉をサポートして疲労軽減してくれるなどの効果がちゃんとあるらしい。海外では通勤用パンツの下にスパッツを履いている人や、普段からスパッツのみで過ごしている人も多いのだそうだ(ネット調べ)。
スパッツのサポートも借りて、足の筋力をつけたいと思う。ここ数年在宅に慣れてかなり筋力が落ちていたし、冷え性なのも気になっていた。冷えは大敵。特に婦人科系の病気など。
時々何かに失敗もするけど、そんな時は過去に乗り越えてきたものを思い出すことが一番の薬になる気がする。あとはなぜそれをしてしまったのか、客観的に見つめること。そうすると、自分も中々思う状況にならなくて疲れていたのかな、その時は苛々していたのかな、うまく伝えられなくて悩んでいたのか、本当は寂しかったのだろうかと、その時の姿が見えてくる。人間だもの、という言葉は、いつもすべて洗い流してくれる魔力を持っている。だとしたら私は、ただ人間なだけ。行き止まりみたいな場所で、ただ疲れてしまっただけだ。
5月11日
問い合わせていた賃貸の内見に行った。同じ駅にある不動産会社に2件、別の会社に1件の3件をまとめて内見する予定だったが、うち2件は決まってしまったらしく、1件だけ内見させてもらった。
悪くはなかったんだけど、何と言うのか。自分がそこで生活している姿が、全然想像出来なかった。見学が夕暮れ時だったのも関係している気はするが、漂う哀愁が物凄く、自分にはこの部屋を抱えきれないと感じた。
そしてもはや部屋は無関係だが、今日一番感じたのは、人は表面的なことでは判断できないということだった。
最初に問い合わせた時、不動産会社Aは対応が丁寧で印象がとても良く、そちらをメインに利用しようと事前に決めていた。しかし実際に店に行ってみると、そこは非常に不思議な雰囲気に満ちていた。暗いわけではないし、社員同士も仲が良いと伝わってくる。一方で、誰一人として目の前のお客に真摯に向き合っていない、とでもいうのだろうか。
というのも、私が行った時に担当社員の方は4名おり、カウンターにも私を含めお客が4名それぞれ座った状態。しかし、どの担当者もお客に何の一言もなくすぐにどこかへ行ってしまうし、目線が泳いでおり、自分以外のカウンターと出入り口ばかり気にしている印象なのだ。たとえば、担当者それぞれが目の前のお客さんへ物件を説明中にも関わらず、店に新しい人が入ってくるとなぜか4名全員でそちらに行ってしまうし、客と担当者が話しているのに、別の担当者が「これなんだけどさ…」などとまるで友達感覚で割って入ってきて、客が待たされていたりする。
こんなに目の前のお客さんに誰も集中していない不動産会社が、未だかつてあっただろうかと心の中で静かに問いかけた。向かいのカウンターに腰掛けている20歳ぐらいの女の子も、私調べによると20分は放置されており、たまに気まぐれで担当者が戻ってきては「わかったぁ! 〇〇駅だとどぉ?」などと話しかけられている。
こんなにも成り立っていない世界が、未だかつてあっただろうかと自問自答した時、「私のお部屋探しのパートナーはここではない」という結論に至り、内見希望だった物件も既に埋まっていたので店を去ることにした。担当者は「え? まだ終わってないのに…」と言いたげに目を丸くしていたが、逆にまだ終わってないんかい、と心の中で呟いた。見送りの際は全集中されている感じがして、大変丁寧だった。
駅前のカフェに入り、次の不動産会社に行くまでの時間を潰す。気分は完全に降下していた。一番気に入っていた物件が埋まってしまったうえ、次に行く不動産会社は元々印象が良くなかったからだ。
Aと同じタイミングで予約を取っていた不動産会社Bは、予約の最終確認で電話を掛けてきた女性が久しぶりに震え上がるほどぶっきらぼうで、電話を切った後「行くのやめようかな…」と考えたほどだった。
しかし内見をお願いした手前、キャンセルも気が重かったので結局行くことにした。恐るおそる店に入ると、予想外に人の良さそうな方ばかり。そして、皆見事に優しかった。こちらお掛けくださいませ、なかなか日程合わず申し訳ないですなどと声を掛けながら、椅子を引いてくれる。
このような温和な方が多い中、なぜ私は厳しい女性に当たったのだろうかと考えていたら、「席、隣に移動いただけますか?」と自己紹介もなくぶっきらぼうな女性が登場した。私様の座っているカウンターに移れということね、と少し震えた。しかし、しばらくは変わらずつっけんどんな空気だったのが、会話を続けていく中でそれだけでもないと時折感じるようになった。
彼女は、大きなマスクで顔の大半を覆っているうえ、こちらの目を見なかった。見たとしても、すぐ逸らされてしまう。けれど私の希望は細かくきちんと聞いていて、言い方は直接的ではありながら、アドバイスもしてくれる。そして、ほぼ無言のまま一時間ひたすら良さそうな物件を探し、問い合わせや資料を出し続けてくれた。私が元々候補に入れていなかった地域にも良さそうな物件が色々あることが分かり、収穫もあった。
彼女のこの目を見ない感じは、私にも見覚え(やり覚え?)がある。そう、彼女はきっと、人見知りなのだ。でも多分、目の前の人への気持ちはちゃんとある。
時間が立つと自分から色々話してくれるようになり、内見の時は笑って会話するまでになっていた(その内見というのが、冒頭に書いた夕暮れの部屋ではあるのだが…)。これが世に言うツンデレというものなら、全然悪くない。最近は物事を頭ではなく、自分の直感や第一印象で選んでいきたいと考えていた所だったが、ツンデレさんが世に存在する以上、第一印象というのは当てにならないのかもしれない。
これから良い物件が見つかったら、彼女に相談してみようと思った。
今までと違うことをやる
今年は、今まで違うやり方を試す年にしようと決めていました。
たとえば、一番大きなのは仕事。今まで夜遅くまで毎日働いていたから、なるべく残業のない仕事にしようとか、今まではチームワークと上司からの圧が苦痛だったから、今度は個人プレーでいられる環境にしようとか。今までは在宅勤務ができて身体は楽だったものの、切り替えがうまくいかず、運動不足だったから通勤の仕事に変えてみるか、など。
変えることにはリスクもあって、最初は慣れるまで中々大変だったけど、結果的にやってみて良かった。精神的な負担が減り、他のことに意識を向ける余裕が持ててきたからです。
あと今年やり方を変えようと思ったのは、落ち込んだ時の対処法でしょうか。
闇落ちした時にこのブログに駆け込んでつらつら書いてしまうのは変わっていないですが、回復は以前より早くなった気がしています。前は毎日が辛い仕事ばかりだったから救いようがなくて、中々元気になれなかったんだけど。
他人の目線ではなく、自分のために物事を選択したことが、薄っすらと自信になりつつある気もしています。たとえば、人間関係が何だかうまくいかない時。相手の事情も分かるんだけど、でも自分も精一杯だったな。失敗もする。緊張もしていた。だから、無理して人に気に入られるために頑張らなくなりました。仕方がないから。
前より良くなったのは、そんな時でも「大丈夫。誰に伝わらなくても、私はちゃんと分かってるから大丈夫だよ」と自然と自分に言えるようになったことで、これ、本当に私か? と未だに疑ってしまう現象ではあるが。
だって、何かある度にぐるぐる思考で自分を責めることしか知らなかった自分です。それこそネットでひたすら検索して、納得のいく対処法が見つかるまで休みもしなかった自分ですよ。
そんな人間でも、環境が変わると変化します。だから、もし自分は全然成長していないとか、自分なんて駄目だと今思っている方が今いたとしても、大丈夫です。本来の自分自身は、絶対に違う。それは今の状況だから、そうとしか思えなくなっているだけなので。
私はもう良い年齢で安定も何もなくなって、周りがいなくなった後の自分の人生なんて想像もできなくなったけど、それでも以前よりは生きているという心地がするし、もはや半年前まではずっと安定していたはずなのに、どうやって息をしてたのかがよく分からない。今は大きな目標もないけれど、ただ人生が終わるまで生きよう。自分一人が食べていく分をどうにかしようと、目指すのはそこだけです。
今日はちょうど闇から上がったタイミングだからそう思えているだけのような気もするけど、でも最近は大体その思いに辿り着くので、自分の中では割と本物になったかもしれない。
「本物」って大切な言葉。失敗もするけれど、そこに自分のどんな本物があったのかを見つめるようにしたら、いつも少しだけ前に進める。
笑わない期間が、私は長かった。仕事のことも、親の闘病のケアも。コロナの後からは特にだけど、本当はその前からずっと続いていた。
もうその頃の自分には戻らない。笑っていられる、楽しい、嬉しい、安心できることをする。年齢は無視(笑)このブログに戻ってきてどんなことを書くとしても、これからは基本的にそういう心地で過ごしたい。
笑顔でいたいから捨てたのに、他人の言動一つで悲しんだり落ち込んだりしていたら、この生活を選んだ意味がない。それをもう、これから出会う人に理解されなくても構わない。
それに、すべてがありがたいのです。親が死なないでいてくれたこと、痛い時に治してくれるお医者さんの存在、一度働けなくなってからまた仕事ができていることも、周りの優しさも。疲れたと思えば好きな飲み物が買えて、少しずつ毎日、過去から回復していくことも。
たとえば落ち込んだ時に何か良いものを自分に買うというのを今まであまりやってこなかったので、それをするようにしたら最近結構楽しいんですね。お金はなくなる一方ですけど。
でも、自分にとって良い方向に思いきって使ってみると、お金がまた入ってくるというのは意外とあるかもしれません。通勤するようになったのに今まで在宅だったから服や化粧品が全然なくて、でもそういう楽しみがないと通勤なんてやってられないしということで結局買い込んで、部屋も探そう、あれも始める…などと思い始めた時に、昔祖父母が私に作ってくれていて、存在を忘れていた口座の通知が届いたんです。それがちょうど、これから使う予定ぐらいの金額。なんだか、昔もらったお小遣いを大人になってもう一度もらったような感覚だった。ここ最近で、とても嬉しかったこと。
何かを捨てたら終わり。使ったら終わり。清算したら終わりだと普通は思うけど、そうではないのかもしれない。
もっと良いものが、諦めた分だけ入ってくる。勇気を出した分、状況は良くなると信じたいものです。
悲しみだってそう。悲しい時に騒いでいいし、泣くのも全然悪くないけど、そういうこともあるものだと静かに受け止めることは今まであまりやらなかった気がするので、今年はそうしてみようかと。
対人関係で傷ついたら、やるのはその相手のことを考えることではない。テンション下がりますし…。では何か? といえば、傷ついた分、自分を磨くことでしょうか。優しく、愛のある、器の広い人間になることに邁進する。そして、この自分から離れていく相手は可哀想ぐらいに思えたらそちらのが気持ちは上がる気がするので、今年はやってみたいことの一つでもあります。
ビアズリー展『サロメ』の魅力
日記。金曜の仕事帰り、ビアズリー展に行ってきた。金曜日は三菱一号館美術館が20時まで空いているため。
オーブリー・ビアズリーAubrey Beardsley , 1872-1898
ブライトン出身。家計を支えるため16歳から事務員として働き、夜間に制作活動を行った。T.マロリー著『アーサー王の死』(1893-94)や O.ワイルド著『サロメ』(1894)の挿絵で成功してからも、ろうそくの光のもとで絵を描いたのは、その名残といえる。1895年にワイルド裁判の余波で『イエロー・ブック』美術編集の職を失うが、季刊誌『サヴォイ』(1896)やA.ポープ著『髪盗み』(1896)の挿絵で新境地を見せた。幼少期からの肺結核により25歳で他界。
(三菱一号館美術館サイトより引用)
挿絵なので小さな作品が多いのだが、その精巧さに見とれてしまった。金曜は混むかと思ったけれど比較的空いていて、一つひとつの作品に時間をかけてまわれたので大満足。
ビアズリーというと『サロメ』=オスカー・ワイルドお抱えという感じのイメージがあるが、実際にはオスカーの方がビアズリーの挿絵を気に入っていなかったというのは有名な話らしい。確かに、サロメをたとえばミュシャが描いていたら多少女神的な側面のある悲恋という印象になったのかもしれないと思う一方、私はこのビアズリーの、人物の表情や姿態に多くの皮肉と妖艶が潜む画風に魅力を感じてしまう。ビアズリーは、その才能を風刺に「性」を多用することで見せつけた数少ない画家の一人だ。苦労と反骨精神をユーモアをもって作品にしのばせるという、若いながら理知に富んだ画家だったという印象がある。
ビアズリーによって挿絵が描かれた『サロメ』の登場人物とあらすじは、こんな感じだ。
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・サロメ:若い王女
・ヨカナーン:幽閉されていた洗礼者。サロメによって助けられる
王女サロメはある夜、城の牢獄にとらえられていたヨカナーンを助け愛するようになるが、ヨカナーンはそれを拒絶。また、ヨカナーンは前の王を殺害して一緒になったヘロディアスとヘロデ王を糾弾したため、二人から憎まれていた。
一方、サロメを寵愛するヘロデ王は、サロメに「踊りを見せれば何でも好きなものを与えよう」と条件を出し、サロメは踊る代わりに愛するヨカナーンの首を所望。手に入れた首を恍惚とした表情で見つめるサロメを見たヘロデ王は、サロメを殺害する。
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サロメの挿絵の中にはオスカー自身が度々登場するが、ビアズリーが描くオスカーには(サロメをじろじろと眺める表情、だらしなく垂れ下がった肉というように)尊敬や感謝というのがとても感じ取れない。そもそも、陰湿なヘロデ王をオスカーとして描いていることに違和感を持ってしまう。普通だったら、貧しい時に雇用主のような存在であるオスカーに対してこのような仕打ちができるだろうか? と考える時、それはビアズリーの若さゆえの大胆さかもしれないが、どんな生活をしていようとも、彼の中で決して失われない「崇高さ」だったのかもしれないという気もしてくる。
また、面白かったのはビアズリーの作品がジャポニズムの影響を受けているということだ。「孔雀」はジャポニズム的なモチーフとしてよく用いられていたそうで、美しい羽根を持つ孔雀はそのままの姿で彼の絵画に登場することもあるが、時にはサロメの魔力を表すドレスの裾として、またある時にはその羽が想像の及ばない人間の体の一部として描かれていることもあり、その感性の幅には驚かされるばかりだ。
オスカーはビアズリーを最終的に酷評して縁が切れているが、展覧会の中では、ビアズリー以外の画家(ギュスターヴ・モローやミュシャ、チャールズ・リケッツなど)が描いたサロメ像も見ることができる。オスカーが信頼を寄せていたギュスターヴ・モローのサロメは確かに美しさと静けさに満ちており神秘的だが、ビアズリーの連作を見た後だと、モローの絵がどうも美しすぎる気がしてしまうから不思議だ。
『サロメ』のストーリーは、人間が素通りできない狂気と荒々しさのようなものを秘めている。自分の思いに応えてくれないヨハネの首を望むサロメは傲慢であり、そこに嫌悪と怖れを感じながら、その裏にある深い悲しみがどの人間にも本当は理解できるものだからこそ、時代を超えて受け継がれてきた作品なのだろう。こうした無視できない狂気が、官能の海に静かな波紋を落とすビアズリーのような画家によって描かれたことは、とても素敵な出会いだったと感じさせられるのだ。
孤独
日記。今日は、朝から空回りしている気がして疲れた。最近、病気ではない範囲の躁鬱状態になっている気がする。原因はホルモンだろうか。気分が高揚して何でも出来るような気がするのに、そういう状態で得たものが蓋を開けると想定と違い、気付くとテンションが地の底まで落ちているみたいなことがある。
その不安定の裏に、以前とは違う種類の孤独があることも分かるようになった。
落ち込む日もあるかと音楽を聴きながら気を取り直し、賃貸を探してサイトを覗く仕事帰り。以前より遥かに家賃も条件も抑えなければいけない。先週末は雨で内見に行けなかった。
以前住んでいた部屋のことを思い出す。大好きだった部屋。あの部屋というよりは、あの部屋にいた数年の出来事の方が大切なのかもしれない。
最近頭の中を占拠している、あることから離れたい。それは私を温かい気持ちにもさせてくれるが、ある時には不安を浮き彫りにもさせる。数年後のことを考えて生きるのを止め、今日一日だけを優先して生きようと決めた自分が、そのことを前にすると不思議と揺らいでしまう。数年後のことを想像しても、今の私には際限ない海に一人でぽっかり浮いているような、あるいは宇宙に一人で投げ出されているような風景が浮かぶ。未来のことをこんなに分からないと思ったことが、今までにあっただろうか。数年後どころか、半年後のことだって分からない。
最近また別人になろうとしていたからきっと疲れていただけ。このブログに書いているのが本当の自分だからか、ここに時々戻ってきたくなってしまう。
不安定な自分を生きる
大人とは安定したもので、心は穏やかになり、当たり前のように他人のために生きられるようになると昔は思っていた。しかし考えてみれば、そもそも人間が変わっていないのだからそんなにうまく事が運ぶはずもない。
感情というのは、どうしてこうも自由なのだろうか。日常で耳にする音には大抵誰かの感情が乗り、香りには風景があり、目にするものには何かしらの物語が存在する。ある時はそれに深く感動し、ある時は傷つき、その感覚は持続する。昨日まではもう自分の人生に訪れないだろうと思っていた感情が突然やってきて戸惑い、眺める景色が色を帯びては失いを繰り返している。
私には元気な日もあるが、時々穴の底に落ちたようにすべてが真っ暗になる日がある。そのような日はただ、一日が終わるまで虚無感に埋もれる。目を閉じると濃紺の海が広がっていて、泳いでも泳いでも、何も起こらない。周りを見渡しても、誰もいない。その闇に理由があるのなら、きっとすべきことを明日の自分と約束して眠るだろう。しかし、その灰色の感情の理由はいつも見つからない。どこかに向かって歩いている瞬間も、食べ物を口に運ぶ瞬間も、ただ人間であるだけなのに、時折それが生命そのものや時間の儚さを想起させる。
昨日までは目の前の人のために必死で尽くしていても、今日にはどうでもよくなり、そのことに抗議してくる相手を見て自分は薄情だと感じながら、一方でいつかはすべて終わる時までのことなのだと考えてしまう。人との関係は日めくりカレンダーみたいに、破って捨てたらそれで終わりじゃないのに。
私の後に感情が続くのではなく、私の先にいつも感情があり、それは散歩中に飼い主を引っ張って走り出す犬のように厄介な存在だ。飼い慣らすための哲学を探しながら、一方でもうこの自分は恐らくこの先変わることはないだろうとも理解している。
何度も自分を社会や組織に合わせられるようにコントロールしようとした。その度に私は眠れなくなり、食べられなくなり、喜びを忘れた。言葉にできないこの厄介な感覚の積み重ねを、いつまで続けるのかと長い間考えてきた。一番地獄だったのは眠れないことや食べられないことではなく、なぜ私は私として生まれてきてしまったのかと考えることだった。
しかし私は感情というものを疎ましく思いながら、真に生きていると感じるのも感情を震わせている時だった。ある人にはなぜこのような美しい音楽が生み出せるのか、色彩が捉えられるのかと感動して涙し、香りに深い懐かしさを覚え、それが最後かもしれない人とかけがえのない時間を過ごし、会いたい切なさと共に時を過ごす。人間が生み出したものの一つひとつに感動し、今日も頑張ってくれたこの身体に感謝する。感情を開放すれば、日常はまったく違う世界になることを知っていた。いつかはそれだけを追い求めて生きてみたいと感じていたが、組織の中で傷つかずに生きるために、感情を閉じるしか方法が分からなかった。
しかしそのような生き方をしていても、無理矢理閉じた膨大な感情は行き場を失い、幸せな時間に雪崩込んでくるだけだった。切り替えというのは私にとって常に難しく、いつしか心だけでなく身体も壊すことが増えていった。
だから私は世間と生きるために感情を閉じるのではなく、自分と生きるために感情を開き、花を育てるように毎日水を与えながら生きることにした。今までよりお金も安定も望めない道を選ぶことになったが、しかし私は以前よりも自分の日常が好きになった。もっと自分の足で歩いてみようと思うようになり、その中で多くの感覚を受け取り、不思議と新しい自分を見たくなった。今まで怖かった月曜日は、他の曜日と変わらない一日に変わった。そんな日々が訪れて愕然としたのは、自分が今までどれだけ合わない世界で根を張ろうとしていたのかということだった。
自分自身の弱さや限界を認めるのはなかなか難しい。しかし、それを認めて他の可能性を模索することで見えたものもあった。不安定な自分でいられること。それが私にとっての安定だ。
記憶の断片集
古い日記がまた溜まってしまったので、今日の分と合わせて載せておこうと思う。
2024年10月27日
感情はみごとに節約され、あたかも火を点ぜられていたために、明るく賑やかである代りに、身は熱蝋になって融かされていた蠟燭が、火を吹き消されて、闇の中に孤立している代りに、もう何ら身を蝕む惧れがなくなった状態と似ていた。彼は孤独が休息だとはじめて知った。
秋は恋愛小説が読みたくなる。「恋愛小説といえばこの人」という小説家は何人もいるが、私は小池真理子さんの作品が好きだ。”恋三部作”と呼ばれている中の『恋』と『無伴奏』は特に好きな作品で、読み進めやすい文章とは裏腹の、物語の不健全さに魅了されてしまう。主人公が恋をして、相手との関係は深まっていくように見えるのだが、複雑な背景があり、実は最初から相手を失っていたのだと感じさせられる作品が多い。
小池真理子さんが敬愛する作家として知られているのが、三島由紀夫だ。たしかに二人の作品には、どことなく似たものがある。普通の顔してものすごく不道徳なことをする人物や、進んではいけないと分かっているのに身を投じてしまう主人公の危うさが際立っており、穏やかな幸せを求めて読むと火傷する感じがあるが、その不良を美とする風情が「退廃美」というものらしい。
三島由紀夫の『春の雪』から引用した冒頭の一文は、私が素敵だと感じた表現のひとつだ。主人公は、ある女性に恋をしている。相手を遠ざけ、孤独が休息だと表面的には安堵を装いながら、深いところでは相手に向けていた華やかで身を溶かすような熱情を忘れることもできないという姿が見える。一度冷まさなければ身を保てないような、相手への恋情を感じる描写だ。
11月22日
最近、自分の本心を大切にすること、自分のペースで進んでいくことは本当に大事だなと感じたので、そのことを書いておきたいと思います。
先日手帳を眺めながら、何も湧いてこないことが悲しくなりました。経験をもとに考えると、どうしても前向きに未来を捉えることができないでいました。山と谷があるチャートを時間と共になぞっているとしたら、今は谷なのだろうと思いましたが、それでも様々な言葉に触れながら、心が次第に回復してきました。
エネルギーが落ちている時、誰かに話を聞いてもらって回復する人、美味しいものを食べて元気になる人、運動して発散する人、推しの力を借りる人など復活する方法は人によってさまざまだと思いますが、私は気づくといつも自分を支えてくれる「言葉」を探しています。
言葉は、枝葉のようなものだと思います。昔から、あらゆる言葉に触れるたびに数えきれない発見をしてきましたが、最近はどんな言葉を読んでも、その幹の部分が実は同じであることに気づきます。それは、「自分を愛する」ということです。これは毎日忙しいと軽視しがちになりますが、これから大切にしたい考え方でもあります。それさえできていれば、きっと前に進むことは可能です。
12月26日
お昼に『麺 銀座おのでら 本店』で鶏まぜそばを食べた。
以前訪れた際は看板メニューの特製ラーメンを食べたが、今までに食べたことがないラーメンだった。あっさりしているのに出汁が効いていて美味しく、ハーブバターが溶け出すことで味が変化していくのも面白かった。鶏まぜそばは岩手の『スカーレット』という濃い卵黄を麺に絡ませて食べるが、こちらのほうがもっと好きかもしれない。見た目がお洒落だったのに、お腹がすいていたから写真を撮り忘れてしまった。
今年変わったのは、落ち込んだ時に「とりあえず美味しいもの食べよう」と思うようになったこと。美味しいものを食べている時に、「この時間さえあれば生きていける」と実感するようになったことだ。食べログ3.6のラーメンならもちろん最高だが、家で作ったお味噌汁でも、カップラーメンでも、本当は何でもいい。食べるものがあって、あー美味しかった、よく食べたと食事を終えられることが一番の幸せ。
2025年1月13日
先日人の多い場所に出かけた後、プッツリと電池が切れたように熱が出て、しばらく寝て過ごすことになってしまった。働き方を変えるため、昨年から転職活動をしている。疲れが出てきたタイミングで年始の色々が重なり、パワーを使い果たしたのかもしれない。気を付けていないと、エネルギーは意外と早く減ってしまう。
最近YouTubeで偶然目にしたエジンバラの風景が何だかすごく好きで、懐かしい感じがした。スコットランド、人生に一度は行くだろうか。
2月2日
先月から人とのやり取りが続いていたが、心が闇に傾き、グループトークも放置。色々とどうでもよくなってしまった。こうしたサイクルは時々やってきて、うまく避けることができない。
最近買った茶色のマニキュアを塗った。一度塗りだとどんぐりなのに、二度塗りすると何かの悪役みたい。この手で明日は部屋の掃除をする。
夜眠れない時には本を読んだり瞑想したりするが、自分にとって瞑想は「祈り」に近い気がしている。祈りといえば、海外では週末の朝を教会で始めたり、毎日決まった時間に礼拝をする人も多い。十字架に向かって静かに手を合わせる人々の姿を見ながら、これが人間の本来の姿なのかもしれないと以前感じたことがあった。人は、弱くていい。完全な自信の中で生きている人など、本当は一人もいない。だから、今日も生かされていると感謝する。神のような存在にすがる心をもっと持っていていい。迷っていい。抱えきる必要はないのだ、と。
文化的に信仰が定まっていないというのは、考えてみれば結構ハードだ。目に見えない存在に護られていると無条件に信じる、あるいは祈ることで己の行いの赦しを乞うといった救いが人々の共通認識として存在しないため、祈りを向ける対象がどうしても曖昧になりやすかったり、個人の中に責任を抱えやすくなる。
2月16日
白い自転車を買った。その足で駅へ向かい、駐輪場の申し込みをする。管理人のおじいさんに挨拶し、お金を払って完了。2月とは思えない暖かさ。ペダルを漕ぐとコートを脱ぎたくなった。
去年がもう昔のことのように感じる。春の混ざった突風が窓を揺らすようになり、去年や一昨年を思い出すことがあるが、記憶の中で揺れる桜は街灯を浴びて青白い。その春を自分がどんな状態で過ごしていたのか、桜の印象が教えてくれる気がする。
去年まではバスの窓から景色を見ることが多かったが、今年は自転車を買ったから、見えるものも少し変わりそうだ。