仕事と心のDiary

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ビアズリー展『サロメ』の魅力

日記。金曜の仕事帰り、ビアズリー展に行ってきた。金曜日は三菱一号館美術館が20時まで空いているため。

 

mimt.jp

オーブリー・ビアズリーAubrey Beardsley , 1872-1898

ブライトン出身。家計を支えるため16歳から事務員として働き、夜間に制作活動を行った。T.マロリー著『アーサー王の死』(1893-94)や O.ワイルド著『サロメ』(1894)の挿絵で成功してからも、ろうそくの光のもとで絵を描いたのは、その名残といえる。1895年にワイルド裁判の余波で『イエロー・ブック』美術編集の職を失うが、季刊誌『サヴォイ』(1896)やA.ポープ著『髪盗み』(1896)の挿絵で新境地を見せた。幼少期からの肺結核により25歳で他界。

 

(三菱一号館美術館サイトより引用)

 

挿絵なので小さな作品が多いのだが、その精巧さに見とれてしまった。金曜は混むかと思ったけれど比較的空いていて、一つひとつの作品に時間をかけてまわれたので大満足。

 

ビアズリーというと『サロメ』=オスカー・ワイルドお抱えという感じのイメージがあるが、実際にはオスカーの方がビアズリーの挿絵を気に入っていなかったというのは有名な話らしい。確かに、サロメをたとえばミュシャが描いていたら多少女神的な側面のある悲恋という印象になったのかもしれないと思う一方、私はこのビアズリーの、人物の表情や姿態に多くの皮肉と妖艶が潜む画風に魅力を感じてしまう。ビアズリーは、その才能を風刺に「性」を多用することで見せつけた数少ない画家の一人だ。苦労と反骨精神をユーモアをもって作品にしのばせるという、若いながら理知に富んだ画家だったという印象がある。

 

ビアズリーによって挿絵が描かれた『サロメ』の登場人物とあらすじは、こんな感じだ。

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サロメ:若い王女

・ヨカナーン:幽閉されていた洗礼者。サロメによって助けられる

ヘロデ王サロメの義父。サロメを狙う

・ヘロディアス:サロメの母

 

王女サロメはある夜、城の牢獄にとらえられていたヨカナーンを助け愛するようになるが、ヨカナーンはそれを拒絶。また、ヨカナーンは前の王を殺害して一緒になったヘロディアスとヘロデ王を糾弾したため、二人から憎まれていた。

一方、サロメを寵愛するヘロデ王は、サロメに「踊りを見せれば何でも好きなものを与えよう」と条件を出し、サロメは踊る代わりに愛するヨカナーンの首を所望。手に入れた首を恍惚とした表情で見つめるサロメを見たヘロデ王は、サロメを殺害する。

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サロメの挿絵の中にはオスカー自身が度々登場するが、ビアズリーが描くオスカーには(サロメをじろじろと眺める表情、だらしなく垂れ下がった肉というように)尊敬や感謝というのがとても感じ取れない。そもそも、陰湿なヘロデ王をオスカーとして描いていることに違和感を持ってしまう。普通だったら、貧しい時に雇用主のような存在であるオスカーに対してこのような仕打ちができるだろうか? と考える時、それはビアズリーの若さゆえの大胆さかもしれないが、どんな生活をしていようとも、彼の中で決して失われない「崇高さ」だったのかもしれないという気もしてくる。

 

また、面白かったのはビアズリーの作品がジャポニズムの影響を受けているということだ。「孔雀」はジャポニズム的なモチーフとしてよく用いられていたそうで、美しい羽根を持つ孔雀はそのままの姿で彼の絵画に登場することもあるが、時にはサロメの魔力を表すドレスの裾として、またある時にはその羽が想像の及ばない人間の体の一部として描かれていることもあり、その感性の幅には驚かされるばかりだ。

 

オスカーはビアズリーを最終的に酷評して縁が切れているが、展覧会の中では、ビアズリー以外の画家(ギュスターヴ・モローミュシャ、チャールズ・リケッツなど)が描いたサロメ像も見ることができる。オスカーが信頼を寄せていたギュスターヴ・モローサロメは確かに美しさと静けさに満ちており神秘的だが、ビアズリーの連作を見た後だと、モローの絵がどうも美しすぎる気がしてしまうから不思議だ。

 

サロメ』のストーリーは、人間が素通りできない狂気と荒々しさのようなものを秘めている。自分の思いに応えてくれないヨハネの首を望むサロメは傲慢であり、そこに嫌悪と怖れを感じながら、その裏にある深い悲しみがどの人間にも本当は理解できるものだからこそ、時代を超えて受け継がれてきた作品なのだろう。こうした無視できない狂気が、官能の海に静かな波紋を落とすビアズリーのような画家によって描かれたことは、とても素敵な出会いだったと感じさせられるのだ。