今までと違うことをやる
今年は、今まで違うやり方を試す年にしようと決めていました。
たとえば、一番大きなのは仕事。今まで夜遅くまで毎日働いていたから、なるべく残業のない仕事にしようとか、今まではチームワークと上司からの圧が苦痛だったから、今度は個人プレーでいられる環境にしようとか。今までは在宅勤務ができて身体は楽だったものの、切り替えがうまくいかず、運動不足だったから通勤の仕事に変えてみるか、など。
変えることにはリスクもあって、最初は慣れるまで中々大変だったけど、結果的にやってみて良かった。精神的な負担が減り、他のことに意識を向ける余裕が持ててきたからです。
あと今年やり方を変えようと思ったのは、落ち込んだ時の対処法でしょうか。
闇落ちした時にこのブログに駆け込んでつらつら書いてしまうのは変わっていないですが、回復は以前より早くなった気がしています。前は毎日が辛い仕事ばかりだったから救いようがなくて、中々元気になれなかったんだけど。
他人の目線ではなく、自分のために物事を選択したことが、薄っすらと自信になりつつある気もしています。たとえば、人間関係が何だかうまくいかない時。相手の事情も分かるんだけど、でも自分も精一杯だったな。失敗もする。緊張もしていた。だから、無理して人に気に入られるために頑張らなくなりました。仕方がないから。
前より良くなったのは、そんな時でも「大丈夫。誰に伝わらなくても、私はちゃんと分かってるから大丈夫だよ」と自然と自分に言えるようになったことで、これ、本当に私か? と未だに疑ってしまう現象ではあるが。
だって、何かある度にぐるぐる思考で自分を責めることしか知らなかった自分です。それこそネットでひたすら検索して、納得のいく対処法が見つかるまで休みもしなかった自分ですよ。
そんな人間でも、環境が変わると変化します。だから、もし自分は全然成長していないとか、自分なんて駄目だと今思っている方が今いたとしても、大丈夫です。本来の自分自身は、絶対に違う。それは今の状況だから、そうとしか思えなくなっているだけなので。
私はもう良い年齢で安定も何もなくなって、周りがいなくなった後の自分の人生なんて想像もできなくなったけど、それでも以前よりは生きているという心地がするし、もはや半年前まではずっと安定していたはずなのに、どうやって息をしてたのかがよく分からない。今は大きな目標もないけれど、ただ人生が終わるまで生きよう。自分一人が食べていく分をどうにかしようと、目指すのはそこだけです。
今日はちょうど闇から上がったタイミングだからそう思えているだけのような気もするけど、でも最近は大体その思いに辿り着くので、自分の中では割と本物になったかもしれない。
「本物」って大切な言葉。失敗もするけれど、そこに自分のどんな本物があったのかを見つめるようにしたら、いつも少しだけ前に進める。
笑わない期間が、私は長かった。仕事のことも、親の闘病のケアも。コロナの後からは特にだけど、本当はその前からずっと続いていた。
もうその頃の自分には戻らない。笑っていられる、楽しい、嬉しい、安心できることをする。年齢は無視(笑)このブログに戻ってきてどんなことを書くとしても、これからは基本的にそういう心地で過ごしたい。
笑顔でいたいから捨てたのに、他人の言動一つで悲しんだり落ち込んだりしていたら、この生活を選んだ意味がない。それをもう、これから出会う人に理解されなくても構わない。
それに、すべてがありがたいのです。親が死なないでいてくれたこと、痛い時に治してくれるお医者さんの存在、一度働けなくなってからまた仕事ができていることも、周りの優しさも。疲れたと思えば好きな飲み物が買えて、少しずつ毎日、過去から回復していくことも。
たとえば落ち込んだ時に何か良いものを自分に買うというのを今まであまりやってこなかったので、それをするようにしたら最近結構楽しいんですね。お金はなくなる一方ですけど。
でも、自分にとって良い方向に思いきって使ってみると、お金がまた入ってくるというのは意外とあるかもしれません。通勤するようになったのに今まで在宅だったから服や化粧品が全然なくて、でもそういう楽しみがないと通勤なんてやってられないしということで結局買い込んで、部屋も探そう、あれも始める…などと思い始めた時に、昔祖父母が私に作ってくれていて、存在を忘れていた口座の通知が届いたんです。それがちょうど、これから使う予定ぐらいの金額。なんだか、昔もらったお小遣いを大人になってもう一度もらったような感覚だった。ここ最近で、とても嬉しかったこと。
何かを捨てたら終わり。使ったら終わり。清算したら終わりだと普通は思うけど、そうではないのかもしれない。
もっと良いものが、諦めた分だけ入ってくる。勇気を出した分、状況は良くなると信じたいものです。
悲しみだってそう。悲しい時に騒いでいいし、泣くのも全然悪くないけど、そういうこともあるものだと静かに受け止めることは今まであまりやらなかった気がするので、今年はそうしてみようかと。
対人関係で傷ついたら、やるのはその相手のことを考えることではない。テンション下がりますし…。では何か? といえば、傷ついた分、自分を磨くことでしょうか。優しく、愛のある、器の広い人間になることに邁進する。そして、この自分から離れていく相手は可哀想ぐらいに思えたらそちらのが気持ちは上がる気がするので、今年はやってみたいことの一つでもあります。