仕事と心のDiary

デトックスのための文章

私は、私でいい。ということにした。

今日は色んなことがあって、もやもやを解消したくて仕事の休憩中にブログを書いてしまいました。吐き出す場所って、やっぱり必要です。

 

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『TEEJ』の紅茶。ブログ用に精一杯のおしゃれで撮影

夜になって、好きなお茶を飲んだら少し落ち着いたので、あのお昼の詳細な日記はアップするのをやめようと思えたのだけど。

 

でも、色々と落ち込んだり怒りを感じたりした結果、私は私でいっか、という所に落ち着きそうです。そもそも合わない環境でやっているのだから、無理もないのです。集団行動が苦手な私にとっては、何事も試練で経験である、と。

 

人に合わせすぎたり、頭を下げすぎるのは違うなと最近思うのです。大袈裟だけど、自分に誇りを持つというのはとても大事なことで、自分がいつも間違っているとは限らないのでは。相手の人が無理を言ってきている場合もあるし、間違っている場合もある。自分にも理由や事情があるということを、忘れてはいけないなと感じます。

 

仕事をしていると、とても気持ちが弱る時があります。全然自信がなくなってしまって、「人に従っていた方が間違いもないだろう」と思い続けてしまう時が。でも、そういう時はまず、捨てることなのかもしれません。人からの評価や、誰かとうまくやろうとするあまり遠慮しすぎてしまう自分を、捨てること。

 

いつもスポンジのようにすぐに水を吸ってしまうような自分だけど、そんな時には潔く諦めることが一番のような気がします。分かってもらえないのなら、それはそれで仕方ない。何事にも理由があるという考え方が、自分を少し救ってくれます。

 

頑張りたい人。仕事が第一優先の人。チームワークが好きな人。職場の付き合いが大事な人。色んな人がいていい。でも自分はその人じゃないし、自分までそういう人にならなくてもいい、ということだと思うのです。

 

ついていけないな。やっていられないな。私はそこまでしたくない。そう思うことは、何も悪いことじゃない。性に合わないのだから、仕方がないのです。表面上、うまく回っていたらそれで十分。求めているものが人と違うのは、これも仕方がないことです。一人ひとり、事情があるのだから。

 

私は本当に、チームワークが苦手な人間です。楽しくもなんともない。昔の職場も個人プレーの時はやっぱり性に合っていて、お昼は一人でいいし、やることをきっちりやって、時間が来たら早く上がりたい。だから今の環境は訓練みたいなもので、そうなると「だめ元でそこにいるんだから、出来なくても仕方がない」とすら思えてきます。苦痛が上回ったので、ちゃんとやろうとすることを、だいぶ捨ててしまいました。

 

捨てるって、本当に大切なことです。自分には足りないものばかりだと思って色々つけ足してしまいたくなるけど、何も捨てられなかった頃の自分を思い出すと、相当しんどかったなと思うのです。できないことや苦手な人に、自ら飛び込んでいくようなこともしていました。正直、今年もまだ捨てられないものがあったから、今の環境にいるのだとも分かっています。

 

でも、心地いいのが一番。私の心地よさは、きっととても地味で、静かなもの。規模も、小さいのかもしれません。だから広い場所でうまくやるよりも、自分の世界を大切にしたいなと思うのです。