仕事と心のDiary

デトックスのための文章

できないことは、悪いことじゃない

一昨日は仕事の帰りにバスから大きな月が見えて、あまりにそれが明るかったので、その時に考えていたことが一瞬吹き飛びました。何かを考える時に人は斜め上を見ると言いますが、その先に月がぶち当たったのは初めてで、あそこからこのバスを眺めたらどれぐらい小さいのだろうか? とふと思った時、「ああ、そうだ。自分にとっても誰にとっても、この人生は初めてなんだ」と、なぜか感じていました。

 

 

最近、体調不良の末に音信不通になってしまった職場の人がいます。少し離れた立場にいる私から見ても普段から忙しそうだと分かり、その人に何かを聞いても、返信がないことが大半でした。同じように返信を待っている人達が「その人の時間を押さえて直接聞いてしまった方が早い」ということでスケジュールを入れに行くから、その人の予定表は常に埋まっていました。

 

その人は休暇を取る時、”休んでいる”体で周囲から連絡が来ないようにして、むしろその時に手を付けられていない業務やメール返信を一気に片付けている様子でした。でも普段やりとりをする時はその様子を出さなかったから、特にそこまで問題はなく回っていると感じていた人も多い気がします。

 

この人はいつか潰れてしまうかもしれない。どこかでそう感じていた私は、連絡がつかなくなったことを聞いた時にさほど驚きませんでした。「だって人間じゃん」と思いました。やることはとめどなく流れてきて、一つ考えているうちに一つ、また一つと時間のかかる課題が集中する。機械ではないのだから、抱え込む前に捨てて断って、人に任せないともたないことも多いのが現実です。

 

その人の実際の状況は分からない所もありますが、私も以前は「捨てられない」「断れない」「人にお願いできない」揃いの人間だったので何となく他人事に思えず、バスの車窓から月とぶつかるまでそのことを考えていました。過去に達成できたことや、人からの評価を捨てることができない。「できません」「お願いできますか」が言えない。苦手な人からすら、好かれている実感がないと気が済まない。仕事の面だけではなく、家の中には捨てられない古い資格の本、学生時代の教科書をはじめ毎回の授業で配布された資料が膨大にあって、もう使うこともないし内容も覚えていないのに、捨てたら過去のすべてがなくなる気がして手放せませんでした。

 

でも、「できません」のたった5文字。「すみません、今はできません」というたった12文字を伝えるだけでこんなにも心が楽になり、それが他の誰かの経験値や評価を上げることにもつながるのだと知った今、もうその言葉を使わない選択肢は自分の中になくなりました。「さすが」の3文字を諦めるだけで、人が助けてくれることもある。働く時は、もうそれで充分だと思っています。労働時間が長い時は、その時間や場所に心を置かないこと。職場で「さすが」と言われることなんかより、その方がよほど努力すべきこと、必要不可欠なことになっています。

 

「さすが」「さすが」と塔の上に押し上げられ、降り方も分からず飛び降りるしかなくなってしまう人が、世の中からいなくなればいい。もっと気軽に、人が自分の弱さやできないこと、どれだけ至らないか、どんな失敗をしてきたのかを話せる場所があらゆる環境にあり、それを許容できる空気が醸成されたらとも思います。世の中、本当はそんなにできる人ばかりではないはずです。

 

人の顔色を気にしてしまって、優先順位がうまく判断できなくて、人前でうまく話せなくて、音や光が気になって集中できなくて、必死に作業してたらいつの間にか死にたくなって、休んだら終わりな気がして、社会に戻るのが怖くなって。そんなのは全部、全然悪いことじゃない。誰にだって起こりうる自然なことで、それだけ日々頑張っているのだから、人間なのだから仕方がないと思います。

 

むしろそれを隠そうとして、自分はできる、やらなければ、この程度で負けていては駄目だと、誰も迎えに行けない場所に自分から登りにいってしまうことの方が悲しい。世の中には178万の会社があって、自分という人間は一人。だから、働きすぎて体を壊した時は、その時にどんな形態で働いていようといつでも仕事を一番に捨てられる覚悟を持てる自分でいたいと感じます(「捨てる」というのは、退職、休職、どこまでやるかをちゃんと線引きしてそれ以外はやらないなど、色々あると思うのですが)。

 

仕事は、誰かがいなくなった時にも回るようでなければその職場はもともと機能していないも同然だけど、病気になった時の苦しみは、自分以外に誰も代わってくれないからです。できないことは、全然悪いことじゃない。ただ、何かができない時に削っていいのは食事でも睡眠でも、休息でもない。自分自身ではないのだというところに、いつでも立ち戻りたいと感じます。