仕事と心のDiary

デトックスのための文章

記憶とは都合のいいもの

驚くほど冷える朝だと感じたのは、私が風邪気味だったからかもしれない。黄色い葉をつけた木々に朝日が当たり輝いているようだったが、私はいつもなら来るバスが時間通りに来ないことに妙に苛ついていた。

 

駅の階段を上りながら、マフラーに巻き込まれた髪が苦しくて、それを取り出した動作が昔流れていた『TSUBAKI』のCMを真似たような胡散臭さを帯びていた。何やってんだろうと思った。何で今日、会社に行かないといけないんだろう、と。

 

出掛けに急いで塗ったリップがマスクに付くのが嫌で、ティッシュを取り出してわしゃわしゃと口を拭い、それをくしゃくしゃにして苛々と共にバッグの中に投げ込んだ。それでもマスクの内側には既に、かすったような赤色がついていた。

 

電車であいた席に座り、流れる茶色い景色を目で追いながら、冷えた足元が暖房の熱に包まれていった。束の間あたたかくなった足で電車を降り、乗り換えの途中にあるパン屋併設のコンビニに入ったが、どのパンも不思議と美味しそうには見えず、最後に「ベーコン」という説明の文字を見てなぜか完全に買う気力が失せてしまった。

 

凍てつく空気を背にオフィスに入り、あいている席に着くと、向かいの席で少し日焼けした男性が「ケルセチンゴールド」と書かれた黄色いドリンクを飲んでいて、机にはGATSBYの汗拭きシートが見えた。この人だけ夏で、ここはスポーツジムか何かなのか?

 

隣の席に人がいないのを良いことに、大きなため息をついた。忙しい時は走り抜けられるのだが、繁忙期が過ぎると気が抜けるのか、何もしたくなくなってしまう。

 

結局、長いミーティングが更に長くなり、それが3セットぐらい続いたことで、自分の仕事を済ませる時間はほぼなくなってしまった。ただ、基本的に「どうでもいい」と思っていると処理のスピードだけは上がるため、何とか抱えているものを均して会社を出た。

 

早く帰りたかった。そこに所属している自分を終わらせ、繋がっているものもすべて電源OFFにして、週末にだけ心を向けたかった。

 

駅までの道で信号が青に変わるのを待ちながら、近くに建つ、以前働いていたビルを見上げた。その中にいる時はそんな余裕などなかったのに、ビルをこうして外から眺める立場になると、当時そこから見た夜景が綺麗だったことや、同僚とよくお菓子を交換したこと、少し離れたレストランまで食べに行ったハンバーグのことが思い出される。まるで良い思い出ばかりだったみたいに。

 

帰りはColdplayの『The Scientist』を聴きながらバスに乗った。時間とは不思議なものだ。時間が経てば経つほど、「やり直そうよ」と思えるような良い記憶だけが残っていく。別れがなければその感情もないのだと、忘れてしまいそうになる。