仕事と心のDiary

夜になったら色んなものを脱ぎ捨てよう。

変化の多い世の中で、決して変わらないもの。

LINEのアカウントで「ステータスメッセージ」というのを入れている友人がいる。私は入れていないが、それを登録すると「友だち」のページでアイコンと一緒にメッセージも表示される。自分を表すつぶやきのようなものだ。

 

「いつも眠い」とか「食いだおれ」とか、皆それぞれに好きな言葉を入れている。中には「 I like to be a free spirit. Some don…」という具合に、凝ったことを入れたいのに長すぎて表示されていない人もいる。

 

その中に、「諸行無常」という言葉があった。アイコンは海に向かう一本道の風景の写真。まるで悟りを開いたかのような様相だ。私はそのアカウントを見るたびに、今はもう無くなってしまった物や場所や、人のことを思い出す。

 

学生時代の制服は、中・高とも卒業したタイミングでデザインが一新された。卒業後に学校の近くを歩き、自分がかつて着ていた制服姿の学生を眺めて思い出に浸れないのはどこか寂しかった。そして、通った小学校は少子化で合併して全然違う名前になってしまったし、勤めていた会社に至っては数年前に無くなってしまった。

 

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社会人になって留学した際に、日系の『Jadis』という会社が貸し出しているアパートを使っていた。スタッフの方が優しく、向かいの部屋には管理人のエジプト系のおじさんが住んでいた。彼の部屋は修理中とのことでドアがいつも開け放されており、よく一緒にお茶を飲んだり、街を案内してもらった。

 

日本へ戻った後も、またその部屋を借りればいつでも彼らに会えて、当時に戻れるような気がしていた。そんな場所が日本以外のどこかにあるというのは、私にとって人生の秘密基地を得たような感覚だった。

 

けれどその3年後、夏季休暇にそこを借りようと会社のサイトを確認すると、その会社はもう無くなっていた。一期一会という言葉の重みを、この時ほど感じたことは無い。大好きだったあの異国の狭い部屋から、中庭を眺めることはもう出来ないのだと思った。

 

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平家物語ほどの壮絶さはないにせよ、私もそれなりに日々失われていくものの「鐘の声」を聴き、様変わりする世の儚さを感じながらこの20年を過ごした。でも、どんなに環境が変化しても、記憶や思い出は無くならない。そのことが自分をほっとさせる。

 

今はどうしているか分からない人達と昔交わしたお酒とか、今は無くなってしまった場所で笑ったり泣いたりしていたあの頃のことを、心はちゃんと覚えている。当時の店の風景も、相手の笑顔も。諸行無常の世では刹那の出来事でも、自分の心の中で永遠になっていく。そう思えば、変化も受け止めていける気がしている。