仕事と心のDiary

夜になったら色んなものを脱ぎ捨てよう。

これが「ゆりもどし」なのかもしれない

もう限界だ…

 

あと少し。あと少し頑張れば、もう行かなくていい。

 

もう関わりたくない。年上なのに子供みたいな大人たちに。

 

私、本当に波長がもう変わってしまったんだなと思う。スピリチュアル的な事言ってしまうけど…

 

何か、もう何もうまくいかないんです。関わると、変に誤解されたり話がうまく通じなくて(もう自分もここで働くのは最後だから、という気持ちで、心からの誠意で言ったりやったりしている事の真意がうまく受け取ってもらえない)、普段はこちらに対して無関心。

 

何年間も前の部署で一緒に働いていたのに、辞めるからか異動したからなのか、もう別会社の人と会話するような言葉遣いにしてくる人もいるし…

 

別に、その人とは関係が悪かったわけではなく、時折飲みに行ったりもした。一緒に色んなことを話した仲間だった。だから、そうやって他人行儀に接するしかもうキャパが無い人なのかな、と思ってしまいます。

 

そして、最後だから波風を立てたくないのに、不思議と波風が沢山立つんです。

 

自分自身のことではあるんだけど、何か変な心境というか、「もう私をこれ以上ここに居させてはいけない」ってもう一人の自分が言っている感じがする。

 

これ以上ここに居たら、私は磨り減って立ち直れなくなる。

 

そう思っているのもあって、うまくいかないのかもね。鶏が先か卵が先か…

 

今日はランチで好きな同僚とご飯食べて、頑張れないときも眠れない夜も、こんなことしてなんとかやっていこうねーって話して、気持ちがすごく上がっていたのに…

 

夕方からあの人達と関わる時間があったお陰で、一気に駄目になった。

 

スピリチュアル的には波長が変わると一緒に居続けることはできないらしいけど、一緒にいられないというより、一緒にいるのがただただ「しんどい」というのが正しいんだと思う。

 

「そんなことを長時間こねくり回していても解決にならないのだから、解散して今出来ることをしよう、”悪いのは誰”とかじゃなくて」と思うことを、いつまでも、いつまでも議論してる。

 

私よりも先輩なんですよね。お手本とか思いやりを教えてよ。今までずっと私は待ってたよ。

 

何かを集団でぐだぐた言われることも、通じ合わないことも、よそ者扱いなのに都合のいい時だけ当事者扱いにされることも。

 

もう疲れたよ、十分。

 

自分が悪いのか、うーんでも。あーでもあの人にはこうしないと○○の手前まずいかな…、と、逡巡するだけの時間。

 

精神的なモヤモヤと動悸が作業を邪魔する。そういう一つひとつの事に引っ張られるようにして、気持ちが萎えてしまうことも。

 

最後だからちゃんとしたいのに、苦しい。やろうと思っても、体が動かない。もうそれだけ。

 

沼地に引きずり込まれているような感覚というのかな…これがよくスピに言う「ゆりもどし」というものなのかなと思う。

 

こういう苦しい思いは皆がしているのだから我慢しなきゃともずっと思ってきたけど、そうとは限らない。しなくても案外生きられるのではないか、そういう人だって世の中にはいるんじゃないかと思います。

 

そう生きられるように頑張りたい。

 

自分で言うのもおかしいけど、私だって、そろそろ解放されてもそんなに罰は当たらないはずです。

 

去年ぐらいから「縁切り寺にでもお世話になった方がいいのかな」と思ったぐらいなの。この苦しみから、解放されたくて。

 

もう十分に苦しんだし、悩み始めてから3年間、毎日苦しみながらも学んできた。どんな生き方をするかは自由だけど、私はもう、あの人達みたいには生きられない。