仕事と心のDiary

夜になったら色んなものを脱ぎ捨てよう。

『私の家政婦ナギサさん』メイにもお暇ください。

最近始まったドラマ『私の家政夫ナギサさん』で、主人公・メイが仕事で徹夜して頑張った企画書を取引先に目すら通してもらえず、帰宅して床に倒れ込みながら、「私には仕事しかないのに…」とひたすら脱力するシーンがありました。

 

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親や周りからの期待を背負い、真面目に一生懸命働いてきた。でも何となくいつも空虚で、日々残業して稼いだお金を費やした広いマンションは、片付けられない物で埋め尽くされています。

 

心から医療に興味があるとか、患者さんのために何かしたいという気持ちよりも、とにかく他を蹴落としてでも契約を取らなければという焦り。その結果、本当に患者のことを思う提案をしたライバル社に先を越されてしまいました。つらい…。

 

周囲の期待を押し付けられて「できること」を必死に頑張ったり、「できないこと」でも何とか頑張ってくると、そこに本来自分の希望がないから「私、何やってるんだろう」という壁にぶつかりやすいのだと思います。

 

勉強も、その内容自体にそこまで興味があるわけではなくて、周りの期待に応えるためのもの。それでもメイは優秀なので、「これは必要だ」と自分に信じ込ませることで、こなせてしまうのが逆に不幸な所です。

 

周りを幸せにするために身を削ってきたようなものだから、「他人の望みは分かるのに、自分の望みが分からない」ってことになる。それでどんなにいいマンションに住んで、どれだけボーナスをもらったとしても、何も手にしていないような感覚。

 

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そこでたとえばだけど、「今までよく頑張ったよね。そんなに辛いのなら、これからは本当に好きなことだけをやって生きていいよ」といきなり許可されたとしても、途方に暮れるのが普通だと思います。

 

今まで他人軸だったのに、いきなり自分軸に切り替えることほど難しいことってない。凪だけじゃなくて、メイにも至急お暇をお願いします…。

 

もし自分がいつか親になったとしたら、自分が叶えられなかった夢など子供に背負わせてはいけないんだなと、感じてしまいました。

 

親に何でも決められて育ち、選ぶ力も満足に持たないまま、成人したら「はい、役目終了。あとは好きに生きなさい!」と突然放任されたって、その子供は正直、20歳まで眠ってたようなもんだと思うんですよね。自分の人生なんて生きてない。

 

その子が本当に大変なのはそこからで、学生時代とは違って社会は動物園のように色んな人がいて、それまでの常識も通用しなかったりする。今までのように親が決めてくれたり、褒めてくれるわけじゃない。

 

20歳まで眠ってたんだから、親の期待に応えてきた成功体験から抜け出すには時間がかかるし、「昔はあんなにできたのに、今はできない。頑張っていないと、成果を出して認められないと私には価値がないのに。」という罪悪感や自己否定を深めていく。

 

そんな風に頑張って生きていると今度は、違う所から「さぁ、もういい年齢なんだから結婚しないとね」という圧つらすぎる。

 

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メイちゃんには、「人の期待にいくら応えても、その人は”すごいわね~さすが~”って上っ面の言葉だけで、時間を返してはくれないよ。その言葉が欲しいなら、何かに自分で録音しておいて聴けばいいよ」って言いたくなりました。

 

親子だと確かに難しいけど、基本、人って好きに他人に期待をかけるものだし、別にそれに応えなくても問題ない。

 

勝手にかけられた期待なのだ。だから、勝手に理想抱いてる相手を満たすのにこちらが奔走なんてしなくていいし、夢果たせなかった人の夢なんて、ごめん+知らない+無理、この3語の使いまわしでかわしていい。

 

それよりも、誰に褒められなくても自分が納得のいくようにできたら。それが一番だと感じます。