仕事と心のDiary

デトックスのための文章

スリッパは何で選ぶか、と聞かれたら。

スリッパを何で選ぶか、と(滅多に聞かれることもないけど)聞かれたとしたら、前は「冷え性だから、敢えていうなら保温性かな」程度だったけど、今はこう言える。

 

スリッパは、音。

 

スリッパなんてどれも同じだと思っていたけど、ある時思い立って、少しいいスリッパを買うことにした。それは確か無印のスリッパだったと思うけど、もしかしたら違うかもしれない。とにかく、それまで『ダイソー』や『3coins』で”とりあえず私の足と床の間に挟まってくれるもの”を適当に見繕っていた自分にとって、それは冒険でもあった。

 

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買ったのは、床に触れる足裏がベージュの柔らかい素材で覆われ、コルクのような程よい硬さと、生成りの風合いが心地のいいスリッパだった。買った時は音のことなんて意識になく、いつもより少し長く使えればいいや、ぐらいに思っていた。でも、それを履いて一歩を踏み出した時、足音の柔らかさに心が軽くなった。大袈裟だけど、世界が少し優しくなった気がした。

 

それは子供の頃、風邪をひいて学校を休んだ日、布団の中で聞いていた母の足音と同じだった。キッチンで料理をする、母の音。自分は日頃手伝いの一つもしないのに、柔らかな生活音の安心感だけを享受していた。幸せな記憶は、足音でも構成されていたのだと気づいた。

 

その、「私にとって」少し上質なスリッパを履いてからというもの、足音は一人暮らしの私の、友人のような存在になっていた。ささくれだった心が、パコ、パコ、という優しい音を聞いているうちにいつの間にか撫でつけられていく。一日の最後、ベッドに入るまで、その心地良い音は私とともにいてくれた。

 

たかがスリッパ、されどスリッパだ。音は、薬のようなもの。